2015年12月07日

あれまー

すごくひさしぶりにわが家(ここ)を覗いたら
訪問してくれてる方がいたようで
アクセスがすんげー上がっててビビった(笑)
たぶん、ここの史上最多!
こんなくだらんトコですいません(汗)
posted by ぢゅごん at 23:32| 宮城 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月01日

心と体

ご無沙汰です。
引退したつもりはありませんが
なかなかパソコンに向かわないので
疎遠になってます。
今もスマホからです。

暮らしぶりは変わらないと言えばそうです。

震災からいろんなことがあったのはみんな同じ。
うちの場合は、震災だけが起因ではないさ。
たぶん(笑)

こうすべき、という暮らしはしているのだと思う。
けれども心は私の本質を見抜いているから
ごまかしても言い聞かせても
ムクムクと膨らむものを抑えきれないのだろうね。

神経が焼き切れて悲鳴をあげること数度。
それでもここから立ち去ることは選ばないでいる。


どれが正解なのかとかすら考えない。
私の望むことはもう明確だ。
ただ、選ばないと決めている。

だから体が拒否るのを
どうかどうかやめてほしい。
posted by ぢゅごん at 21:16| 宮城 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月22日

手術のこと

入院してから二日後が手術の日だった。
前日から絶食だの剃毛だの
手術を受ける人らしいことをしたものの
具合が悪いわけではないのでとにかく暇。

同室のバーサンも管理入院らしく元気いっぱい。
携帯でガンガン喋るし
夜中もモハモハなんか食ってるし
デッカい屁は一日中ぶーすかぶーすか。
ストレスだわ(笑)

手術にあたり、麻酔医とも面談があり
どんなことをするのかしっかり説明される。
手術室担当の看護師さんは
メッチャ美人で私でもワクワク。

麻酔は全身麻酔。
これなら私はなにをされても分からないので安心安心。
手術に対しての不安感はホントになかった(笑)
意識があるのになにやらもぞもぞされるのは
一番怖い!
全身麻酔なら寝てれば終わる。

で、当日。
午後2時くらいからになりますよー、ってことでとにかくのんびり。
いよいよ呼ばれても、元気に歩いて手術室まで。
じゃーねーと手を振るわたし(笑)
posted by ぢゅごん at 23:00| 宮城 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月21日

手術中

いま、ではない(笑)


昨年の12月に二週間弱入院し、
人生初めての手術を受けた。
病名は子宮筋腫。
良性の腫瘍である。
当たり前だけど女性しか罹らない。
もう五年ほど前から腫瘍には気づいていて
病名も確認していて
『それなりに』治療もしていたが
根治するには手術しかないわけで。
それは嫌だった。
だって、怖いし(笑)
閉経すれば腫瘍自体は小さくなることが多いから
年齢的に閉経期に入っていれば無理やりにでも生理を止めてもらえるのだろうが
それには少しばかり早い。
ホルモン療法もしたけど
結局生理が再開すれば
相変わらずの激痛との闘い。
そんなこんなだったり
震災もあったり
病院嫌いだったりでなんとなく病院にも行かなくなり数年。

だんだん腫瘍が大きくなってきたのが
はっきりと分かるようになり
生理痛の激痛も耐え難い時が増えてきた。
年に数回の激痛がほぼ毎月。
寝ていても目が覚める。
気合いで仕事していても
帰宅すると動けない。
鎮痛剤は効果があったが
飲み続けて治る病気ではない。
毎年のガン検診が、
この子宮筋腫がガンになってたらどうしよう?
という恐怖でかえって受けるのをためらう。
(ちなみに子宮筋腫がガン化すると決まっているわけではありません)

辛いな〜(´;ω;`)
と思っていたころ
さすがにこのままでは死ぬかも?と思い直し
モヤモヤ考えていたら
そういえば同僚が仙台のナントカ病院で
切腹ではない方法で婦人科系の手術したはず!
と思い出した。
いろいろ尋ねてみたら
内視鏡手術でやったらしく、
子宮筋腫ではないにしろ
術後も術後痕も楽に済んだらしい!

というわけで中断していた病院におずおずと行き
仙台のナントカ病院に手術を前提で紹介状書いてください、と。
実はこれが一番嫌だったかも(笑)
この病院、出産もしたとこだから何度も行ってるんだけど
何年経っても馴染めない…。
先生のキャラがどうも合わないんだろうな。
嫌な思いというのではないんだけど。

さてさて。
仙台のナントカ病院で診察を受け
大きさも赤ちゃんの頭以上にデッカくなってるし
手術したほうがいいでしょう、となり。
つきましてはホルモン療法で腫瘍を小さくしてからでないと
手術とはなりません、というわけで治療すること3ヶ月。
13センチあった直径は
8センチまで縮んで手術となりました。

入院当日はただ給食食べて
点滴のライン確保したくらい。
暇で暇で(笑)
具合が悪いのとは違う入院なもので…。



あ、あとはまた後日。
posted by ぢゅごん at 23:32| 宮城 ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月14日

限界かもなー

何故私は
『ちゃんと』していなければ
ならないんだろう

片づけひとつ
自分で自分のやり方ですると
不満顔され
買い物ひとつ
欲しい物の種類すら
決めると不満顔をされ

それなら全部仕切れば気が済むのかと手を引けば
物事が終わらない

くだらない、茶碗のひとつにさえ
口を挟む必要があるのか
任せると、言えないのか

言いたくないのなら
この家の片づけ、装飾、
配置
書類、手続き、
みんなの満足感を
責任持てると言うのか

中途半端に口を挟んで
従わないなら勝手にしろと不機嫌になるから
みんなアナタの反応を気にするばかりで
決して満足して解決しているわけではないから
少しずつ少しずつ不満を溜め込んで来たんだ

不満があるなら言えと?
何でも話せと?
受け止める度量もないくせに
表面上のセリフだけ
言いなりになるのと
ひとの意見、意思、感情を受け止めるのは違うだろ?
アナタは混同してるから
自分の提案に乗らないと
不愉快になるんだ

もうアナタといると
潰れそうに緊張する
何故アナタの反応を気にして
暮らさなくちゃならないのだろう

アナタはアナタの好きなように暮らしたらいい
私は私を自分で楽しませて暮らしていける
こんな緊張する私生活は
クソだ

うるさい
もうかまわないで
いちいち口出すな
センスもないくせに
俺には理解できない、と?
当たり前だ、ばーか
理解できないアナタの問題だ

アナタのテリトリーに私は口出してないだろーが
安っぽい感性で文句言うな
posted by ぢゅごん at 23:02| 宮城 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月09日

いいとも〜〜!にあらず

友人がいる。
年齢は一回り以上下だが、なんつーか開けっ広げなコで
自宅にもみんなで招かれたりする友人だ。
うんと情熱的に仲良しってテンションではないが
誘い誘われお付き合いが続いていて何の不満もない。
職場でも好かれているキャラだ。


で。


友人の一番の仲良しがいましてね。
どうにも私とは合わない。
喧嘩はしたことないが、友人と仲良くなる前は避けていたぐらい合わないキャラだ。
でも友人の一番の仲良しなわけだから、
友人とご一緒すると漏れなく彼女もつきもので。
彼女を遠ざけようとすると友人とも疎遠にならねばならない。
気をつかわせるからこんなこと友人には言ってない。

仕事上でも彼女の仕事っぷりには腹が立つことのほうが多くて、
なるべく衝突しないように接点を持たないように工夫している。
でもって職場での評判は悪く、なんで友人と一番仲良しなのか誰もが不思議がる。

なんていうか…『本心じゃありませんよ』とありありと分かるような
丁寧さで扱われるのだ。
要するに、あなた私のこと嫌いだよね?ってはっきりわかる(笑)
だからお互い友人のことさえなければ
絶対に友好的な関係を持とうなんて思わないよね、と。
彼女はいつも誰かの悪口しか言わないから
きっと陰では私のこともあれこれ言っているんだろう。
それは構わない。
だって職場に限って言えば、誰も彼女の言い分を鵜呑みになどしないと自信を持って言える。


ただなー。
こういう切りたいのに切れない関係ってのが一番危うくて
ストレスしか溜まらない!
いつ核爆発起こすか冷や冷やしとります。
posted by ぢゅごん at 15:49| 宮城 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月26日

くそったれ!
posted by ぢゅごん at 22:59| 宮城 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月29日

近く遠く

久しぶりの更新ですね。
何となく間遠になるのは、パソコンを子供に乗っ取られているからなんだけど
だんだんと向かわないことが当たり前になってくる。

いろんなことが変わったような換わらないような・・・。

まず、自宅再建が決まったこと。
もちろん、以前の地区には戻らない。
というか戻れない。
いつかそのうち、という未来には住めるようになることが決まっているけど
だいたいこの復興のスピードからして
21世紀中にそうなるかどうか怪しいものだ。
私たちは裕福ではないのでローンを組まなければ家など建たない。
いくら被災者向けの優遇ローンがあるとはいえ
よぼよぼの老人に貸してくれる制度ではない。
年齢制限があるわけで、完済年齢からの逆算となると
「一刻も早く」ローンを組まなければ
犬小屋さえも建たないという仕組みである。
そんなこの世の常識の中で
いつかなうとも知れぬ「居住可能地域」の区画整理事業を待ち
住めると言ってるんだから住んだらいいじゃん、
勝手に移住するのはあなた方の自由だけど
支援は薄いよ、おほほ
(意訳)
みたいな制度に乗る人がどれだけいると思ってるんだろうね。

もう二度と津波に遭いたくないという精神的なものもそうだけど
現実問題あそこに今現在なんも建てられないわけで
だから私たちは内陸のほうで土地を探し、
運よく見つけることが出来たので
多額のローンを組んで家を建てることに決めた。
そろそろ着工する頃だ。
来年の二月ぐらいかなぁ・・・完成は。

まぁ家が完成しても住むのは夫婦二人だけになりそうなんだけどさ。
予定では子供が就職と進学で家を離れるはず。
二番目はとっくに離れているし、
子供らが帰省するための実家というスタンスだね。
それなのに、わりとデカイ・・・(汗

それにはまた理由がある。
借金大王のやけくそでそうなったわけではない。

ずっと折り合いの悪かった義父と、震災と病気が理由で面倒を見る形にはなっていて
春頃から同居するようになっていた。
当然、仲良くは暮らせないわけだが
どうしようもないからどうにかしていた。
離婚したってしょうがないね、という覚悟も出たり引っ込んだり・・・。

義父は長男とは一緒に暮らして当たり前、
自分以外が我慢して当たり前、って考えだから
まぁすったもんだあって
それでも、震災で受け取った保険金などが多少あったので
一緒に暮らす家のほうにまわすから早く建てろという考えだった。
あてにするのは嫌だったが、自分たち夫婦と子供のみで考えられる家なら
なんとか自分たちの範囲のローンで考えられたけど、
義父と同居となるとそれなりに部屋も必要になったり
体の自由が利かない義父が生活しやすい装備を整えるとなると
どうしても義父の援助が前提だった。

私たちの以前の家の債務整理などもあって
延び延びになっているうちに義父の病状が進み
どうも長生きは難しい状態になってきた。
その頃にひょんなことで土地が見つかりとんとん拍子で家の契約が進み
図面も完成、その他いろんな条件もクリアされさぁいくぞ、というときに
義父は亡くなった。

義父の援助は『遺産相続』を経ることに変わり(相方には兄弟がいる)
図面の変更もちょいといろんな条件があって難しく
そのまま義父も同居する広さでの建築となった。
*遺産相続はどんな場合でも発生する案件だがいろいろと過去の親子間の問題で
 義父は相方に全部譲るといって聞かなかった経緯がある。
 もちろん法的にそんなことは通らないし、兄弟と相談しなくてはいけないと思っていたが
 義父はそういった話にまったく聞く耳を持たず、結局曖昧となったまま。

以前の家より広い家に、夫婦二人で住むわけで
そんでもって義父の遺産がどうなるか未だ決定もせず(揉めているわけではないが)
ローンは一旦満額で組まざるを得ない。
・・・つまり、相続が決定するまでは高額な返済をするわけね(涙
もしかしたら相続が最悪のことになったら最悪な返済を続けるわけですよ。

はぁ・・・。

言いたくないが、こういう問題は義父が決着をつけてくれないといけない。
いま揉めていなくても主張しづらい話だし
その過程で揉めることだってあるのだから。

っていうか兄弟が今までの間に義父のことに全責任を持ってくれたのなら遺産なんぞ要らぬのだ。
義父とのいろんなこと、ぜ〜んぶ引き受けてくれていたのなら
そっくりそのまま兄弟に渡して、私たちのみで暮らしていけたほうがどんなに楽だったか。
と、赤の他人の私は思っている。
お金が欲しいというのではなく、嫌な部分を全部私たちに引き受けさせて(そんなつもりではないのだが)
おいしいところだけ半分持っていく、というのはどうもなあ・・・・という感情だ。
嫌な部分も半分こしてくれていたのなら貰うものも半分こでいいし
反対に全部兄弟が引き受けてくれていたのなら、ゼロで構わなかったんだよって話。
以前のトラブルも、数百万円という借金を親に返していないというのが発端だしね。
それは相続から差っ引いて欲しいものだが・・・・。

どっちにしても赤の他人の私には、義父のお金の行き先にどうこう言う権利は無いから
さっさと決めてくれさえすれば良し。


仕事は変わらず以前のまま。
でも、楽しい・・・というと意味が少し違うが
大変だけど自分なりに張り合いを持ってやっていけてる、という感じかな。
いい上司(厳しいので周りの受けは悪いが)と
いい同僚に恵まれていて、嫌なやつのことなどあんまり考えなくてもいいのが楽。


相方と、仲が悪いことはないけど
夫婦として思い合っているかというときっとそうではないんだろうと思う。
少なくとも私は、毎日の生活で雰囲気が悪い暮らしをしたくないとは思っているが
たとえば明日に離婚しようと言われても、ショックとか悲しむとかそんな感情が湧かず
いいよ、とあっさり言ってしまうような気さえする。
ある節目節目で私が感じていた失望を相方はまったく自覚していないわけで
その上に成り立っている「今の私の感情」の中に
大きな諦めが大半だから期待もしないしだからこそ腹も立たないという事実を
きっと理解できないだろう。
離婚したいわけではない。
喧嘩したいわけでもない。
もちろんお互いに他の誰かと恋愛やら不倫やらに走っているのでもない。
あんまり期待しないと喧嘩はしないのだ。
仲が良いのとは全く違うが。

いまちょっと大きなアパートに住んでいて
日当たりも良く、借り上げ仮設で住んでいた前のアパートとは雲泥の差だ。
人間、お天道様を感じていないと病む(笑
布団干しがガンガン出来るし、洗濯物もどんだけだって干せる。
前に建物が無いので今なんか体中に日光を浴びてぽかぽかとパソコンを叩いている。
自分のものになるのならこんなアパートも悪くないが
所詮賃貸だからねぇ・・・。

さぁ今日はなにが起きるんだろう。
昨日以前の日記を読み返していたら、2011年の1月に引いたおみくじに
今年は困難な年になると書いてあったと・・・。
なんともその通りでしたね。
おみくじ恐るべし。
posted by ぢゅごん at 11:02| 宮城 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月21日

少しだけ壊された自宅にいる夢を見た。
なんだ、ちょっと直せば住めるじゃん。
引っ越すのは嫌だなぁ…
直してここに住もうって言おう。

あぁ…そうか、
いま私は違うところに住んでいるけど
本心はここに戻りたいんだなぁ…。

でもなんで、直せば住めるのにそうしないんだろう?


そこで目が覚めた。
直せる建物がないよ、と思った。
posted by ぢゅごん at 19:00| 宮城 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月10日

指導と体罰、しつけと虐待、強くなることと勝つこと

痛ましい事件。
この事例は、部活動において決して珍しいことではない。
多くは『死なない』からニュースにならなかっただけだ。


私の子供のいた学校での部活動は、
顧問はある時を境にピタリと体罰をやめた。
体罰を加えていたのは男子にのみだったが、
何か思うところがあったのか注意を受けたのか、
蹴りひとつも繰り出さなくなった。

それが当たり前なんだけれども。

部活動で他校と対戦すると
激しい体罰によって統制のとられている学校の存在も知る。
一見、素晴らしい態度の生徒たちに見えるが
スポーツの試合なのに特攻隊にでも入ったのか?と思うほどに深刻な表情で闘う。
スポーツに必死さは必要だが、あの学校の軍隊のような雰囲気は異様に感じた。
顧問は、失敗と言っては叩き
負けたと言っては殴り
それはそれは激昂するのが常だった。
その学校は地区では常勝チームで
毎年のように県内有数の強豪高校に生徒を送り出していたので
部活動の指導には有無を言わさぬものがあった。


私たちの学校は、いつもそこには勝てずにいたが
悔しさの意味が違っていた。
暴力で支配されているチームに勝てない、ことが悔しかったのだ。

うちの顧問は、私の子供が関わる頃には体罰を封印していたし、
していた当時でもあの学校に比べたら軽い体罰ではあった。
そういう体罰のない部活動が当たり前であって
もちろんあの学校以外の学校だって
体罰はなかったと思う。

勝てないことは悔しい。
でもあの学校のように暴力で支配しなければ勝てないというのなら
勝てなくたっていいのではないか?とすら思っていた。

あの学校の顧問は、誰かに体罰の密告を受けたことがあるようだ。
それからは、人目につかぬところへ連れ込んでは殴っていた。
悪質だ。
体罰の認識、まずいことをしているという認識があるのだから。
壁の向こうから頬を張られる音がする。
泣き声ではなく、中性を誓うための返答が響く。
気分の悪くなる場面だ。

何故その学校の父兄は黙っているのだろう。
もっと酷くなるなら私たちも密告しようか?
いろいろと考えては飲み込んだ。
弱いチームが強いチームを陥れるためにしたと思われるかもしれない。
なにより、その学校の生徒たちはそれでもやりたいと食らいついているのに
その部活動をやりたいと思っているのに
奪ってしまうことになる…。
その学校の父兄も、子供を人質にとられたようなものだから
何も言えなかったのだろうか…。


私の子供に、もしあの顧問が転任してきたらどうする?と尋ねてみた。
大好きな部活動ではあるが、
ソッコー辞める
と返ってきた。
私も辞めさせるだろう。


人としての尊厳を傷つけられてまでするスポーツとはなんだ?


態度が悪いとか、人間として良くないことをしたから叱られたと言うならまだ考える余地もあろう。
(体罰よしとするわけではないが)
技術的に未熟だ、失敗したと言っては殴れば勝てるのか。
そうやって勝てるようになもたとして、
それは教育現場で行われる部活動なのか。
甘いことを言っているから勝てないと言われるのなら、
私はそれでいいと思っている。
子供の人格を壊す意味など感じられない。


いつしかうちのチームも強くなり
あの学校に勝つ日が来た。
向こうの顧問は気違いのように怒り狂った。
また子供たちが叩かれ胸が痛んだ。
私たちのチームは暴力支配がなくても強くなった。
思う存分部活動を楽しんだ。
プロにも有名選手にもなれないが、
普通の子供として暮らしている。


暴力で変えられるものは
マイナスに導くことだけではないんだろうか。


顧問の感情の捌け口だよ、体罰なんて。
posted by ぢゅごん at 18:43| 宮城 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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