2013年10月29日

近く遠く

久しぶりの更新ですね。
何となく間遠になるのは、パソコンを子供に乗っ取られているからなんだけど
だんだんと向かわないことが当たり前になってくる。

いろんなことが変わったような換わらないような・・・。

まず、自宅再建が決まったこと。
もちろん、以前の地区には戻らない。
というか戻れない。
いつかそのうち、という未来には住めるようになることが決まっているけど
だいたいこの復興のスピードからして
21世紀中にそうなるかどうか怪しいものだ。
私たちは裕福ではないのでローンを組まなければ家など建たない。
いくら被災者向けの優遇ローンがあるとはいえ
よぼよぼの老人に貸してくれる制度ではない。
年齢制限があるわけで、完済年齢からの逆算となると
「一刻も早く」ローンを組まなければ
犬小屋さえも建たないという仕組みである。
そんなこの世の常識の中で
いつかなうとも知れぬ「居住可能地域」の区画整理事業を待ち
住めると言ってるんだから住んだらいいじゃん、
勝手に移住するのはあなた方の自由だけど
支援は薄いよ、おほほ
(意訳)
みたいな制度に乗る人がどれだけいると思ってるんだろうね。

もう二度と津波に遭いたくないという精神的なものもそうだけど
現実問題あそこに今現在なんも建てられないわけで
だから私たちは内陸のほうで土地を探し、
運よく見つけることが出来たので
多額のローンを組んで家を建てることに決めた。
そろそろ着工する頃だ。
来年の二月ぐらいかなぁ・・・完成は。

まぁ家が完成しても住むのは夫婦二人だけになりそうなんだけどさ。
予定では子供が就職と進学で家を離れるはず。
二番目はとっくに離れているし、
子供らが帰省するための実家というスタンスだね。
それなのに、わりとデカイ・・・(汗

それにはまた理由がある。
借金大王のやけくそでそうなったわけではない。

ずっと折り合いの悪かった義父と、震災と病気が理由で面倒を見る形にはなっていて
春頃から同居するようになっていた。
当然、仲良くは暮らせないわけだが
どうしようもないからどうにかしていた。
離婚したってしょうがないね、という覚悟も出たり引っ込んだり・・・。

義父は長男とは一緒に暮らして当たり前、
自分以外が我慢して当たり前、って考えだから
まぁすったもんだあって
それでも、震災で受け取った保険金などが多少あったので
一緒に暮らす家のほうにまわすから早く建てろという考えだった。
あてにするのは嫌だったが、自分たち夫婦と子供のみで考えられる家なら
なんとか自分たちの範囲のローンで考えられたけど、
義父と同居となるとそれなりに部屋も必要になったり
体の自由が利かない義父が生活しやすい装備を整えるとなると
どうしても義父の援助が前提だった。

私たちの以前の家の債務整理などもあって
延び延びになっているうちに義父の病状が進み
どうも長生きは難しい状態になってきた。
その頃にひょんなことで土地が見つかりとんとん拍子で家の契約が進み
図面も完成、その他いろんな条件もクリアされさぁいくぞ、というときに
義父は亡くなった。

義父の援助は『遺産相続』を経ることに変わり(相方には兄弟がいる)
図面の変更もちょいといろんな条件があって難しく
そのまま義父も同居する広さでの建築となった。
*遺産相続はどんな場合でも発生する案件だがいろいろと過去の親子間の問題で
 義父は相方に全部譲るといって聞かなかった経緯がある。
 もちろん法的にそんなことは通らないし、兄弟と相談しなくてはいけないと思っていたが
 義父はそういった話にまったく聞く耳を持たず、結局曖昧となったまま。

以前の家より広い家に、夫婦二人で住むわけで
そんでもって義父の遺産がどうなるか未だ決定もせず(揉めているわけではないが)
ローンは一旦満額で組まざるを得ない。
・・・つまり、相続が決定するまでは高額な返済をするわけね(涙
もしかしたら相続が最悪のことになったら最悪な返済を続けるわけですよ。

はぁ・・・。

言いたくないが、こういう問題は義父が決着をつけてくれないといけない。
いま揉めていなくても主張しづらい話だし
その過程で揉めることだってあるのだから。

っていうか兄弟が今までの間に義父のことに全責任を持ってくれたのなら遺産なんぞ要らぬのだ。
義父とのいろんなこと、ぜ〜んぶ引き受けてくれていたのなら
そっくりそのまま兄弟に渡して、私たちのみで暮らしていけたほうがどんなに楽だったか。
と、赤の他人の私は思っている。
お金が欲しいというのではなく、嫌な部分を全部私たちに引き受けさせて(そんなつもりではないのだが)
おいしいところだけ半分持っていく、というのはどうもなあ・・・・という感情だ。
嫌な部分も半分こしてくれていたのなら貰うものも半分こでいいし
反対に全部兄弟が引き受けてくれていたのなら、ゼロで構わなかったんだよって話。
以前のトラブルも、数百万円という借金を親に返していないというのが発端だしね。
それは相続から差っ引いて欲しいものだが・・・・。

どっちにしても赤の他人の私には、義父のお金の行き先にどうこう言う権利は無いから
さっさと決めてくれさえすれば良し。


仕事は変わらず以前のまま。
でも、楽しい・・・というと意味が少し違うが
大変だけど自分なりに張り合いを持ってやっていけてる、という感じかな。
いい上司(厳しいので周りの受けは悪いが)と
いい同僚に恵まれていて、嫌なやつのことなどあんまり考えなくてもいいのが楽。


相方と、仲が悪いことはないけど
夫婦として思い合っているかというときっとそうではないんだろうと思う。
少なくとも私は、毎日の生活で雰囲気が悪い暮らしをしたくないとは思っているが
たとえば明日に離婚しようと言われても、ショックとか悲しむとかそんな感情が湧かず
いいよ、とあっさり言ってしまうような気さえする。
ある節目節目で私が感じていた失望を相方はまったく自覚していないわけで
その上に成り立っている「今の私の感情」の中に
大きな諦めが大半だから期待もしないしだからこそ腹も立たないという事実を
きっと理解できないだろう。
離婚したいわけではない。
喧嘩したいわけでもない。
もちろんお互いに他の誰かと恋愛やら不倫やらに走っているのでもない。
あんまり期待しないと喧嘩はしないのだ。
仲が良いのとは全く違うが。

いまちょっと大きなアパートに住んでいて
日当たりも良く、借り上げ仮設で住んでいた前のアパートとは雲泥の差だ。
人間、お天道様を感じていないと病む(笑
布団干しがガンガン出来るし、洗濯物もどんだけだって干せる。
前に建物が無いので今なんか体中に日光を浴びてぽかぽかとパソコンを叩いている。
自分のものになるのならこんなアパートも悪くないが
所詮賃貸だからねぇ・・・。

さぁ今日はなにが起きるんだろう。
昨日以前の日記を読み返していたら、2011年の1月に引いたおみくじに
今年は困難な年になると書いてあったと・・・。
なんともその通りでしたね。
おみくじ恐るべし。
posted by ぢゅごん at 11:02| 宮城 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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