2011年06月22日

暑いっすな

季節は夏になっちまいましたね。
未だに仮設住宅にも入れず(=_=;)
それでも確実に時間は過ぎ、被災地も変わって来ています。

誤解しないで欲しいのは、一本を踏み出せた人もそうでない人も、
全体を語る上では一部に過ぎない例だということです。

例えば私が、変わらずに雇用が維持され、ある程度暮らしが賄えているからと言って
私と同じ会社の人達が、みな同じ暮らしぶりでいるわけではないのです。

この地で復興に向けて動き出せた人がいるからといって
もう手助けが不要な地域になったわけではないのです。


誰かのお金をあてにして暮らしを起てようと思っているわけではないですが、
最初の一歩の時期は人それぞれです。

見知らぬかたがたの善意や厚意で生かされていることに感謝します。
道行くトラックに、ありがとうと叫びたいくらいです。

道を見つけるまで、支えて欲しい人々がたくさんいます。
どうかこの震災を忘れないでください。



未だ避難所から配給されるパンで昼食を済ます同僚がいて、
私は実家とはいえひとんちの台所でお弁当しか調理はしない。
自由にならないってことが
最大のストレスなんだよ…
posted by ぢゅごん at 23:47| 宮城 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月13日

撤去は進み…

DVC00292.jpg
自宅近く。
昔住んでいた高台からの景色。
焼け焦げた建物は違う場所から流されたもの。
posted by ぢゅごん at 12:50| 宮城 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

あなたの名前…

あなたの家の前を通る
あなたの名前を検索する
どこにも存在は見つからないが
それはあなたが変わらずに
暮らしている証

あなたの名前
あなたの声
あなたの匂い

懐かしい記憶
posted by ぢゅごん at 08:22| 宮城 ☁| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月10日

経過

結婚記念日の夜
家族でささやかにケーキを食べてお祝い
これからも変わらぬ日々が
続くものだと意識することもなく思い込んでいた

翌日の夜は避難所で迎えた
二度とあの家に帰ることはないのだと
実感は湧かぬまま

それから三ヶ月
私たちは未だ住居も決まらず
仮の宿にいる
家族は揃っていて
衣食は何とか足りている
きっと恵まれているほうだ

ただ
これからのことを
どう決めたらいいのか
わからない

もう一度
我が家で暮らしたい
明るい日差しをたくさん取り込んだ造りの
あの家に帰りたい
最後に施錠して家を後にした
私たち家族は皆
再び開けることの無い鍵を
お守りのように持ち続けている


ただ不幸ではないのは
私たちは意外と笑って暮らしている
泣いても元には戻れないと
腹が据わったようだ
posted by ぢゅごん at 22:02| 宮城 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。